世界が記憶であふれる前に – 岡本 貴也

Contents

■すべての記憶を忘れられない

8歳の夏から、すべての記憶を、その時の感情も含めて忘れることができない、超記憶をもつナノ。
ナノは計画のために多額のお金を不正に集めていた。

宅配ドライバーのソライは騙されて借金を背負う。返済のために家族や友人から振り込まれた口座の残高を、ナノの気まぐれですべて失ってしまう。
周到に行ったナノの犯行だが、ソライはナノにたどり着き、自分からとったお金を返すよう迫る。

返すというナノに香港に連れて行かれるソライ。
盗んだお金を全額おろし、日本に帰国しようと空港に向かう二人。
ナノは記憶する脳のメモリーが限界に近づいていた。
しかし、物語はここから大きく動いていく。

■目次

東から
南で
北に
西へ

■ハイテンポな展開で一気に読まされた

展開がスピーディーで、次から次へと展開していき、一気に読んだ。いや、読まされた。
記憶を維持できない登場人物が出てくる物語は、これまで複数刊行されているのは知っていたし、ここ数年で何冊か読んだけど、絵記憶を忘れることができない登場人物の物語は久しぶりに読んだ。
あぁ、まあ、私がそういう物語になかなか出会うことがなかっただけで、たくさんあるのかもしれないけど。

でもさぁ、忘れられない、忘れることができないって、そうとう辛いことだと思わない?
いいことばかりじゃない。むしろ世の中、辛いことや苦しいことのほうが多い。
脳はそういうことを思い出さないようにする、つまり忘れるようにする。
もしくは「あんなこともあったなぁ」と、その時の感情を含め、過去のこととして処理する。

しかしこの物語に出てくるナノは、忘れることができない。
見たもの聞いたこと、味わったこと、触れたこと、その時の感情も。
そして、何かがきっかけで、その時のことを思い出してしまう。
そう、感情も含めた、そのときのことすべてを。

辛いなぁ。苦しいなぁ。
あなたは耐えられる?
私は無理だ。

青春時代にやらかしたいろんなことは、今思い出しても恥ずかしい。
それがその時の感情も含めて全てを思い出すなんて、それだけで「思い出すな自分、忘れろ自分」って、家の中だったら壁や柱に頭を打ち付けるだろうし、外だったら電柱に向かって頭をぶつけているかもしれない。

もちろんナノが背負っているものは、私が今言ったようなような軽いものじゃない。
もっとずっと深刻なことだ。

「前へ前へ」
物語の所々でソライが言うこの言葉は、読後も私の中に残っている。
どんなに辛くても、苦しくても前に進むしかない。
前に進むことでしか、状況を変えることも乗り越えることもできない。

アラフィフのおじさんにとって、この物語に出会うのは遅すぎた。
それは、ナノとソライの今後を考えてしまうから。
しかも、なかなかネガティブに考えてしまうから。
でもこの二人なら、何年かかっても乗り越えていこうとするだろう。
前へ前へと。

さて、たまにはこういう物語を読むのもいいことだ。
アラフィフのおじさんは、黙ってたらネガティブに、卑屈に、皮肉になりがちだ。
この物語に出会えて、まだまだなんとかできることはたくさんあるって思い出したよ。
できることから、少しずつでも。
そう、何度も言うけど、前へ前へだ。

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