2084 世界の終わり – 著/ブアレム・サンサル 訳/中村 佳子

Contents

■荒廃、逆行した未来

結核患者が集まる、高い山に作られたサナトリウム。
主人公アティは、さまざまな場所から集まる人々の会話や、ときおりやってくる巡礼者たち、そして山から吹き下ろす風、気候、サナトリウムの閉鎖された空間で、自分が住む国、宗教国家アビスタンに、規則破りの疑問をいだいてしまう。
偉大な神ヨラー、ヨラーの忠実な代理人アビを信仰する国。
思想と信条の自由はなく、アビスタン建国以前の書物もない。宗教は1つしかなく、言語も作られた言語であるアビ語を使う。
国民=信徒は自分が住む番号で示された街区の中で生きるものだと思っていて、外の世界を知らない。
結核を克服し、街に戻ることになったアティは、道中で古代の村を発見した考古学者ナースと出会う。
その発見はアビスタンの歴史を覆すものだった。

街に戻ったアティは、結核を克服し、サナトリウムから生還した者として表彰される。
名高い祭司の息子コアと出会い、互いにアビスタンへの疑問を抱いていることを知り、2人はこの世界の真実を求める冒険へ出る。

ジョージ・オーウェル『1984』ミシェル・ウエルベック『服従』のその先を描いたディストピア小説。アカデミーフランセーズ小説賞グランプリ。

■現代よりも逆行した未来

2084というタイトルなんだけど、設定は2084よりさらに先の世界。
でも、そこはスマホもないし、車もない。馬車もない。人々は徒歩で移動する。家も狭い部屋に住み、生まれた時に手に入れたローブのような宗教着を繕いながら生涯着る。
生活は質素で、宗教儀礼で一日、一年が追われている。
明らかに現代よりも後退した未来を描いている。

管理者たちは飛行機やヘリコプター、車で移動しているが、それは時々見かけるだけだ。国民は管理者をみることはない。
Vというテレパシーを持った人たちが、よこしまな思考を持っていないか、常に監視している。
国民総監視・管理社会。全体主義。

詳しくは本書の訳者あとがきを読んでほしいんだけど、著者のブアレム・サンサルは、アルジェリアに生まれ、現在もアルジェリアに住んでいる。
役人の高官だったんだけど、事実上更迭されているんだ。
その後、小説とエッセーを書き始め、書いたものを唯一住所がわかっていたフランスの出版社にインターネットで投稿して、出版された。
通信は盗聴されていて、インターネットもすべて国にみられている。著作は検閲が厳しいアルジェリアでは発禁本になっている作品もある。アルジェリア国民はブアレム・サンサルの本を公の場では読めない状況だ。
海外渡航は禁止されていないんだけど、空港に行き来するたびに集まった国民から売国奴だなどと罵られる。

そう、この『2084 世界の終わり』もだけれど、彼のすべての作品は現在のアルジェリアを物語化している。
他の作品も読みたいけど、今のところ日本語訳されているのは本書だけだ。

■ディストピア小説の背景と今に通じるもの

というわけで『2084 世界の終わり』はアルジェリアの現状と、現状から推測した未来を描いていると言ってもいい。
世界全体が一つの国になり、一つの宗教国家として機能している。それは、管理者が作り上げた宗教・言語で統治されている。

『一九八四年』(ジョージ・オーウェル/ハヤカワ文庫)『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー/ハヤカワ文庫)でも、同じ構造が見える。
管理者と呼ばれる少数の人々の下に管理者より多い高官がいて、高官の下に多数の役人がいる。役人は自分の仕事をするだけで一日が終わり、仕事に意味や意義など考えない、持たない。
そうすることが役人の仕事だからだ。

市井の人々は日々の生活をするだけで精一杯で、国への疑問など持たないし、興味もない。
中には国への反発心を抱く人がいるが、総監視社会・総管理社会では、自分の親や子供ですらスパイになる。

本書は『一九八四年』の後の世界を描いている。
共産主義や社会主義のまま国家が存続するとどうなるかを物語=寓話として描いている。
ジョージ・オーウェルは警鐘として『一九八四年』や『動物農場』を書いた。
ブアレム・サンサルは自国の話を物語化している。

では、私たちが住む日本はどうだろう。先進諸国はどうだろう。
個人に番号がふられ、言動はSNSに投稿される。
メディアは良くないニュースを報道したり、真実のあちこちを切り取って編集している。
データや事実は改竄されている。

う~ん、この本に書いていることが、日本でも行われているねぇ。
っていうか、世界中でやってるねぇ。

全体主義は蔓延しない。
ディストピア小説が形を変えたような世界にはならない。
と、信じている(願っている)。

■本書に興味を持ったのなら、この下に進んで楽天ブックスかAmazonのリンクから確認して。
なぜならここだけはネタバレありのお話だから。

『2084 世界の終わり』について。また、『一九八四年』との関連

最後におまけ的に本書と『一九八四年』の関連について話す。
ネタバレを含むので、読みたくない人は読まないように。
というわけで、あえてすこし空白をとるよ。
この本に興味を持ったんなら、次からの文章の下に楽天ブックスとAmazonのリンクを貼ってるから、そちらで確認してほしい。

まずは、この作品はジョージ・オーウェルの『一九八四年』のその後の世界として設定されている。

この作品では『一九八四年』のときは、たしかに他国との戦争があって、舞台であるオセアニアはあの物語のあとに他国に破れ消滅した。
そしてアビスタンの上層部はオセアニアで行われていた大衆操作、管理・監視、全体主義の方法を取り込み、それを宗教の形に仕上げた。
宗教で国を統治し、国民を支配している。
そして国民にはなるべく思考させないように、宗教儀礼や宗教イベントと個々の仕事で日々を慌ただしく終わるようにしている。
収入も少なすぎず足りすぎない程度にしている。
言語も『一九八四年』のイングソックに倣って、アビ語を開発した。
2084年はこの物語上での時代では、物語が進んでいる都市ではなく、アビスタンが誕生した年だ。
これらのことが『一九八四年』との関連として書いてある。

『一九八四年』本編には、オセアニアは自国が自国にミサイルを落とし、戦争をしている状況を作っているような文章がある。
これも『2084 世界の終わり』に似たような表現が出てくる。

さて、問題はこの『2084 世界の終わり』の世界は、宗教国家アビスタンが全世界、この地球をすべて掌握しているのかどうかだ。「境界」がキーワードだ。
「境界」は、この国の外の世界のことを暗に示しているが、果たしてアビスタンの外に他国はあるのだろうか。
エピローグでははっきりとした結論を出していない。
これは本書を読んで判断してほしいというか、考えなければいけないことだ。

私の個人的な見解としては、アティは雪崩に巻き込まれたか、獣にやられたか、他の部族にやられている。
「境界」を見つけることも、偶然たどり着くこともできていない。
なぜなら、それがディストピア小説のお約束だから。

ディストピア小説にはハッピーエンドはない。
『一九八四年』だって『すばらしい新世界』だって『ハーモニー』だって『時計じかけのオレンジ』だってそうだ。
ディストピア小説の主人公は、神話の法則・物語の構造などと言われているものに沿ってみれば、必ずどこかで失敗している。
賢者に会っていなかったり、会ったとしても言うことを聞かなかったり。
重要なアイテムや仲間を手に入れていなかったり。
最初の関所を通ることすらしていなかったりする。
この『2084 世界の終わり』の主人公アティとコアも、後半で大きなミスを犯しているよね。

さて、『一九八四年』で出てきたテレスクリーンは『2084 世界の終わり』では、「V」というテレパシーを使える能力者がいて、常に思考や思いを監視されているとされている。
けど、そういう存在はいないことが終盤でわかる。
わかるのは、まわりがスパイだらけだってこと。つまり、総監視社会だってことだ。

『一九八四年』は綿密に作り上げられた方法と権力で国を統治し、『2084 世界の終わり』は『一九八四年』でやっていたことを宗教に置き換え、さらに発展させた。
『すばらしい新世界』では人は受精段階から管理され、各ランクに応じた教育を施される。それぞれのランクに属する人たちは他のランクには行きたくないように育ち、それぞれのランクに応じた仕事をして娯楽を楽しみ、消費する。

これら三作品に共通しているのは、どの作品にも「管理者」がいること。
「管理者」は心理学的な手法を用いて、国民を支配していること。
国民は、国に疑問を持ったりしないようにされていること。それは法律であったり、教義であったり、そもそもそういう事を考えることができないようにされて、娯楽や欲求に従うようにされている。

さて、ここで今の、リアルな意味での日本をみてみよう。
先進諸国もみてみよう。
『一九八四年』や『2084 世界の終わり』の世界はそこにはない。でも、このような世界はこの地球のどこかの国ではじっさいにあるし、ブアレム・サンサルが住んでいるアルジェリアもそれに近い。
じゃあ『すばらしい新世界』のような世界はどうだろう?
日本を含む先進諸国に、なかなか近いものを感じるんだけどね。
ま、ここ10年くらいで先進諸国も全体主義的傾向が強まってもきているけれど。

さて、あなたはどう考えるだろうか?
先程も言ったことをもう一度繰り返して終わろう。

全体主義は蔓延しない。
ディストピア小説が形を変えたような世界にはならない。
と、信じている(願っている)。

 

 

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